毎日、
パソコンの前に座って、
ただ時間だけが過ぎていく。
そんな経験、
あなたにもないでしょうか。
仕事が終わって、
疲れた体にムチを打ちながら、
なんとかデスクに向かう。
「今日こそは、
絶対に記事を書き上げるんだ」
そう意気込んで、
テキストエディタを開く。
でも、
そこから先が続かないんですよね。
真っ白な画面を前に、
カーソルが点滅するのを、
ただぼんやりと見つめているだけ。
何か書かなきゃと焦るほど、
頭の中は真っ白になっていく。
過去の僕が、
まさにこれだったんです。
ネットビジネスで現状を変えようと、
思い切って高額な投資をした時のこと。
「これで僕の人生も変わるかもしれない」
そんな淡い期待を抱いて、
毎日パソコンにしがみついていました。
でも、
待っていたのは過酷な現実でした。
いざ記事を書こうとしても、
何から手をつければいいのか全くわからない。
2時間、
ただ白紙の画面を睨み続けて、
一文字も打てずに夜中になる。
そんな絶望を、
何度も何度も味わってきました。
あの頃の僕は、
「休むこと=サボり=悪」
だと思い込んでいたんですよね。
とにかくパソコンの前にいなきゃ、
作業をしなきゃ、
と自分を追い詰めていました。
でも最近、
AIを相棒にして日々試行錯誤する中で、
あることに気づいたんです。
それは、
「あえてサボるための仕組み」を作ることが、
実は一番の近道なんじゃないか、ということ。
今日は、
僕がどうやってその「呪縛」から抜け出し、
マインドを安定させることができたのか。
その泥臭い道のりを、
少しお話しさせてください。
「頑張っている」という自己満足が、僕をすり減らしていた
昔の僕は、
「パソコンに向かっている時間」=「努力」
だと勘違いしていました。
高額な投資をしてしまった焦りもあり、
「とにかく何かやらなきゃ」
と、毎日必死だったんです。
でも、
実際にやっていたことといえば、
他の人のブログをダラダラ読んだり、
SNSのタイムラインを無限にスクロールしたり。
「リサーチ」という名の現実逃避ですね。
気づけば3時間が経過していて、
手元のWordpressには、
タイトルすら入力されていない。
「今日もパソコンに向かったぞ」
そんな謎の達成感だけはあるのに、
実際には何も生み出していない虚無感。
このギャップが、
ボディブローのように僕の心を削っていきました。
あなたも、
画面の前でただ時間を溶かしてしまい、
自己嫌悪に陥ることはないでしょうか。
「自分はなんてダメなやつなんだ」
「こんなんじゃ、一生結果なんて出ない」
そうやって自分を責め続ける毎日。
でも、
今ならわかるんですよね。
それは僕が「怠け者」だったからではなく、
ただ単に「やり方」を知らなかっただけなんだと。
気合と根性だけで、
毎日パソコンにしがみつく。
そんな精神論だけでは、
いつか必ず限界が来ると思うんです。
完璧主義という名の「見えない足かせ」
そもそも、
なぜ僕は2時間も白紙を睨み続けてしまったのか。
その原因は、
僕の根っこにある「完璧主義」でした。
僕は幼少期から、
極度の人見知りで、
他人の目を気にして生きてきました。
「変なことを言って笑われたらどうしよう」
「こんな文章、誰にも読まれないんじゃないか」
そんな不安が常に付きまとっていて、
「完璧なものを出さなきゃ」
という思い込みに縛られていたんです。
ブログを書く時も同じでした。
「読者を惹きつける完璧な導入文を書かなきゃ」
「論理的で説得力のある構成にしなきゃ」
そうやってハードルを上げれば上げるほど、
指先は凍りつき、
一文字も打てなくなっていく。
何もない「0」の状態から、
最初の「1」を生み出すこと。
これが、
当時の僕にとってはエベレストに登るくらい、
高くて険しい壁だったんですよね。
でも、
そんな僕の前に現れたのが「AI」でした。
最初は、
「AIに文章を書かせるなんて、
読者に対して誠実じゃない」
なんて、斜に構えていた時期もありました。
でも、
背に腹は代えられない。
「自分が苦しんでいる『0→1』の部分だけでも、
AIに助けてもらえないだろうか?」
そう思って、
おそるおそるChatGPTにプロンプトを投げてみたんです。
あえて「サボるための型」を作ると決めた日
実際にAIを触り始めてみると、
僕の中で何かがガラリと変わるのを感じました。
例えば、
「こんなテーマで書きたいんだけど、
見出しのアイデアを5つ出して」
とお願いしてみる。
すると、
数秒でズラッと構成案が出てくるじゃないですか。
「うわ、これなら書けるかも!」
その瞬間、
僕の肩に乗っていた重たい荷物が、
スッと軽くなったのを感じたんですよね。
そこで僕は決意しました。
「全部自分でやろうとするから辛くなるんだ。
だったら、あえて『サボるための型』を作ろう」と。
自分がやらなくていいこと、
苦手なこと、
時間がかかって苦痛なこと。
それらをすべて洗い出して、
AIに任せる仕組みを作ってみたんです。
「AIに任せる=賢くサボる」と認めた瞬間、
嘘みたいに心がスッと楽になりました。
完璧なプロンプトを作ろうと意気込むのではなく、
まずは適当な言葉で投げてみる。
「こんな感じで悩んでるんだけど、
どういう切り口がいいと思う?」
まるで隣に座っている同僚に相談するように、
AIと壁打ちをするようになったんです。
すると、
あんなに苦痛だったパソコンに向かう時間が、
少しずつ「楽しいもの」に変わっていきました。
泥臭い試行錯誤の先にあった、マインドの安定
ただ、
「サボるための型」を作ると言っても、
ボタン一つで魔法のように完成するわけじゃありません。
現実は、
もっとずっと泥臭いものです。
最近の僕は、
「Make」というツールを使って、
執筆のプロセスを自動化できないかと、
日々格闘しています。
でも、
これが本当に一筋縄ではいかないんですよね。
「よし、これで連携できたはず!」
と思ってテスト実行ボタンを押すと、
無情にも真っ赤なエラー画面が表示される。
意味不明な英語のエラーメッセージを翻訳して、
ネットで解決策を検索して、
また設定をいじってテストする。
昨日の夜も、
ひとつのモジュールを設定するだけで、
2時間近く溶かしてしまいました。
「サボるための仕組みを作っているのに、
めちゃくちゃ泥臭く作業してるじゃん」
自分でも、
思わずツッコミを入れたくなります。
でも、
過去の「何を書けばいいかわからず白紙を睨む2時間」と、
今の「エラーと格闘している2時間」は、
質が全く違うんですよね。
なぜなら、
今は「どうすれば自分がもっと楽になるか」という、
前向きなゴールに向かって試行錯誤しているから。
失敗しても、
「なるほど、この設定じゃダメなんだな」
というデータが取れる。
次に繋がる失敗だから、
精神的なダメージがほとんどないんです。
むしろ、
エラーを乗り越えて仕組みが動いた時の快感は、
何物にも代えがたいものがあります。
「これで明日からの作業が10分短縮されるぞ!」
そう思うと、
自然とニヤニヤしてしまうんですよね。
結果として、
無駄にパソコンにしがみつく時間が減り、
「書くべきこと」に集中できるようになりました。
マインドが安定しているから、
読者さんに語りかけるような文章も、
自然と出てくるようになったんです。
あなたの「頑張り」は、本当に必要な頑張りですか?
毎日、
歯を食いしばってパソコンに向かう。
その姿勢は、
本当に素晴らしいと思います。
でも、
もしあなたが過去の僕のように、
「ただ画面を睨んでいるだけの時間」に苦しんでいるなら。
少しだけ、
立ち止まってみませんか?
最初から完璧なものを作ろうとしなくていいと、
僕は思うんですよね。
完璧主義を捨てて、
まずは「適当でもいいから外に出す(0→1)」こと。
そして、
そのハードルを下げるために、
AIという相棒を思い切り頼ること。
あえて「サボるための型」を泥臭く作る。
それが結果的に、読者に届く文章を生み出します。
自分がやらなくていい苦労は、
どんどん手放していきましょう。
「どうすればもっと楽ができるか?」
を本気で考えることは、
決して悪いことじゃないと思うんです。
これからも僕は、
Makeのエラー画面に泣かされながら、
AIを使った「楽をする方法」を、
泥臭く探し続けます。
あなたも一緒に、
少しずつ肩の力を抜いて、
自分なりの「型」を見つけていきませんか?
隣で試行錯誤している僕の姿が、
少しでもあなたの励みになれば嬉しいです。
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