「毎日書く」というマインドを捨てて時短の型に甘えたら、止まっていた手が嘘のように動き出しました。

AI活用

パソコンの前に座り、
真っ白なWordの画面を見つめる。

キーボードに手を置いたまま、
ただただ時間だけが、
残酷に過ぎていく。

「今日もまた、何も書けなかった……」

深い溜め息とともに、
そっとノートパソコンを閉じる。

こんな自己嫌悪の夜を、
あなたも味わったことはありませんか?

かつて僕は、
画面上で点滅する黒いカーソルを、
2時間以上も睨み続けたことがあります。

「早く書けよ」と、
カーソルに急かされているような気がして、
胸の奥がギュッと締め付けられました。

幼少期から極度の人見知りで、
自分の意見を外に出すのが苦手だった僕にとって、
「ブログを書く」というのは、
想像以上に高い壁だったんです。

「毎日書かなきゃいけない」

その呪縛に囚われて、
身動きが取れなくなっていたんですよね。

「毎日継続する」という言葉が、僕たちを一番苦しめている気がしませんか?

「毎日更新が正義」

情報発信の世界では、
当たり前のように言われる言葉ですよね。

でも、その言葉がプレッシャーになって、
逆にPCを開くのが億劫になる。
そんな経験、ないでしょうか。

過去の僕は、
「僕の人生、このままでいいのかな」という不安から、
ネットビジネスの高額教材に手を出しました。

クレジットカードの分割払いで決済した時の、
あの手が震えるような感覚は、
今でもはっきりと覚えています。

その教材の第1章には、
「まずは毎日、記事を書きましょう」と、
いとも簡単に書かれていました。

「よし、今日から生まれ変わるんだ!」
そう決意してPCに向かったものの、
現実はそんなに甘くありませんでした。

いざ書き始めようとすると、
完璧主義が邪魔をするんです。

「もっと有益なことを書かないと」
「読者に刺さるような、
すごい文章じゃないとダメだ」

そうやって自分でハードルを上げ続けた結果、
僕の頭の中は完全にフリーズしてしまいました。

ただただ白紙を睨み続ける2時間。
その時に感じた虚無感と焦燥感は、
思い出すだけでも胃が痛くなります。

「毎日書く」という立派なマインドは、
時に僕たちから自由を奪い、
書く楽しささえも奪ってしまう気がするんですよね。

「自分の言葉だけで勝負する」という完璧主義の罠

「自分の力で、
ゼロから生み出さなきゃいけない」

そう思い込んでいる人、
結構多いんじゃないかと思います。

僕もずっと、
自分の脳みそだけで勝負しようとしていました。

でも、僕みたいな人見知りで、
元々文章を書くのが得意じゃない人間が、
いきなり名文なんて書けるわけがないんです。

それを自分自身で認められなくて、
「まだ知識が足りないんだ」と、
インプットばかりに逃げていました。

ノウハウを頭に詰め込めば詰め込むほど、
理想の文章のハードルが上がっていく。

「あんなインフルエンサーみたいに書けない」
「こんな内容じゃ、誰かに笑われるかもしれない」

そんな被害妄想ばかりが膨らんで、
打っては消し、打っては消しを繰り返す。
結局、何も完成しないまま夜が明ける。

完璧なものを出そうとして、
結局「ゼロ」のまま終わってしまう。

これって、一番もったいないことですよね。

でも、その「ゼロ」から抜け出す方法が分からなくて、
僕は長い間、暗闇の中をもがき続けていました。

泥臭い試行錯誤の末に出会った、AIという「相棒」

そんな絶望の中にいた僕の前に現れたのが、
「AI」という存在でした。

最初は、AIに文章を書かせるなんて、
なんだかズルをしているような気がして、
すごく抵抗があったんです。

「どうせ機械が書いた、
味気ない文章しか出てこないんでしょ?」
と、斜に構えていました。

でも、ワラにもすがる思いで、
「ブログの構成を考えて」と打ち込んだ時。

数秒で画面いっぱいに広がる文字を見て、
僕は言葉を失いました。

「このまま1文字も書けない日々を続けるくらいなら、
AIに助けてもらってもいいんじゃないか?」

そう思えた瞬間から、
僕の泥臭い試行錯誤が始まりました。

どうすれば自然な文章を引き出せるのか、
プロンプト(AIへの指示出し)を毎日少しずつ調整して、
AIと格闘する日々です。

時には、とんちんかんな文章を返されて、
「全然使えないじゃん!」と、
頭を抱えることもあります。

今現在も、Makeという自動化ツールを使って、
執筆フローをもっと楽にできないかと設定しているんですが、
謎のエラーコードが連発して、
2時間以上足止めを食らうなんて日常茶飯事です。

決して、スマートに使いこなしているわけじゃありません。
泥まみれになりながら、少しずつ進んでいる感覚です。

でも、AIと一緒に作業をしていると、
「一人で抱え込まなくていいんだ」という、
不思議な安心感があるんですよね。

時短の「型」に思い切り甘えてみたら、起きた変化

「自分の力だけで書く」ことを手放して、
僕は時短の「型」に思い切り甘えることにしました。

ブログの構成の型、
見出しの作り方の型、
そして、AIに投げるプロンプトの型。

これらに頼ることは、
決して手抜きじゃないと気づいたんです。

「自分の力で生み出していない文章に、
価値なんてあるのだろうか?」
そんな罪悪感もありました。

でも、よく考えてみてほしいんです。
読者が求めているのは、
僕が何時間も苦しんで書いた「過程」でしょうか?

そうではないですよね。
悩みを解決してくれる「答え」や、
「私と同じだ」と思える「共感」ではないでしょうか。

だったら、AIが作ってくれた構成という「型」に、
僕の失敗談や今の気づきを乗せていく方が、
はるかに読者のためになると思うんですよね。

型に沿って、AIに骨組みを作ってもらう。
そこに、僕自身の泥臭い経験をトッピングしていく。

すると、どうでしょう。
あんなに重かった手が、
嘘みたいにスラスラと動き出したんです。

「あれ、これなら書けるぞ」

画面にどんどん文字が埋まっていく感覚。
それは、何時間も白紙を睨み続けていた僕にとって、
涙が出るほど嬉しい瞬間でした。

「毎日書く」というマインドを捨てて、
「AIの力を借りて、楽に書ける時に書く」。

そうやってハードルを極限まで下げたことで、
結果的に、執筆が続くようになったんです。

完璧な「0」より、不格好な「1」を愛せるか

今でも、自分の書いた記事を読み返して、
「もう少し上手く書けなかったかな」と、
落ち込むことはあります。

でも、以前の僕と決定的に違うのは、
「それでも、まずは外に出す」という覚悟ができたことです。

「完璧主義」って、聞こえはいいですが、
実は「他人に傷つけられたくない」という、
ただの自己防衛だったりするんですよね。

「まだ準備ができていないから」
「もっと勉強してからじゃないと」

そうやって言い訳を並べて、
世の中に出すことから逃げていたんです。

完璧主義を捨てて、
まずは「0→1」を生み出すこと。

これが、どれほど難しくて、
どれほど価値があることか。
僕は身をもって学びました。

成功者のように、上から目線で、
「こうすれば絶対に成功しますよ」なんて、
華々しいことは言えません。

でも、今この瞬間も、
目の前のMakeのエラーと戦いながら、
どうすればもっと楽に、読者に届く文章が書けるのかを、
必死に考えている。

そんな「一歩先を行く実践者」としてのリアルな姿なら、
包み隠さず見せることができます。

不格好でもいい。
泥臭くてもいい。

今の自分の等身大を、
そのまま記事に乗せればいいんだと、
ようやく思えるようになったんです。

止まってしまった手を、もう一度動かすために

もし今、あなたが僕と同じように、
パソコンの画面の前でフリーズしているなら。

「今日も書けなかった」と、
自分自身を責め続けているなら。

一度、「毎日書く」という呪縛を、
思い切って捨ててみませんか。

そして、AIという相棒や、
時短の「型」に、
全力で甘えてみてください。

それは決して、恥ずかしいことではありません。
あなたが本当に伝えたい想いを形にするための、
大切な準備のステップだと思うんですよね。

僕もまだまだ、
プロンプトの調整やツールの設定で、
頭を抱える毎日です。

でも、そうやって試行錯誤しているからこそ、
少しずつですが、前に進んでいる実感があります。

あなたも一緒に、
まずは不格好な「1」を生み出してみませんか。

僕はずっと、あなたの隣に座って、
その一歩を応援していますから。


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