才能がないと落ち込む夜を終わらせる、挫折ばかりだった私を救ってくれた不格好な文章の『型』。

マインド

夜中、静まり返った部屋の中で、
パソコンの前に座る。
でも、キーボードの上に置いた指が、
どうしても動かない。
そんな経験って、
あなたにはありませんか?

書きたい気持ちは、
確かにあるんです。
誰かに自分の思いを届けたい、
現状を変えたい。
そう強く願って、
いざ画面に向かってみる。

でも、エディタの真っ白な画面を見た瞬間、
頭の中まで真っ白になってしまう。
「あぁ、やっぱり僕には才能がないんだな」
「文章で人を動かすなんて、
僕には無理だったんだ」

そんなふうに、自分自身に失望して、
そっとパソコンを閉じる。
そして、ベッドに潜り込んで、
才能がない自分を責め続ける夜。

過去の僕も、
まさにそんな絶望的な夜の連続だったんですよね。

僕は幼少期から、
極度の人見知りでした。
学校の授業でも、
自分から手を挙げたことなんて一度もありません。
目立つのが怖くて、
いつも教室の隅っこで息を潜めているような子供でした。

だからこそ、顔出しせずに、
文字の力だけで生きていけるネットビジネスの世界に、
強い憧れを抱いたんです。
「これなら、人見知りの僕でも変われるかもしれない」

そう信じて、なけなしのお金を振り込み、
高額な投資をしました。
でも、現実は甘くありませんでした。
いざ記事を書こうとすると、
手がピタリと止まってしまうんです。

点滅するカーソルを、
ただただ2時間睨み続ける。
1文字も書けないまま、
時間だけが残酷に過ぎていく。

あの時の、胸を締め付けられるような苦しさと焦りは、
今でも鮮明に覚えています。
「どうしてこんな簡単なことができないんだ」と、
自分の不甲斐なさに泣きたくなりました。

でも、今の僕は、
完璧じゃなくても、不格好でもいいから、
こうして文章を綴れるようになりました。

それは、突然才能が舞い降りたからでも、
魔法のような文章術をマスターしたからでもありません。
挫折ばかりで、泥にまみれていた僕を救ってくれた、
ある「不格好な文章の型」に、
出会えたからだと思うんですよね。

今日は、才能がないと落ち込んでいる、
過去の僕のようなあなたへ。
僕が泥臭い試行錯誤の末に見つけた、
小さな一歩を踏み出すためのヒントを、
共有させてください。

「何を書けばいいかわからない」は、才能の欠如なのでしょうか?

完璧主義が僕たちの手足を縛り付ける

文章が書けないとき、
僕たちはすぐ「才能がない」という言葉で、
片付けてしまいがちですよね。
でも、それって本当に、
才能の問題なのでしょうか?

僕は違うと思うんですよね。
書けない本当の理由は、
才能がないからではありません。
「どう書くか」のハードルを、
無意識のうちに上げすぎているからではないでしょうか。

「読者に役立つ、素晴らしいノウハウを書かなきゃ」
「プロのライターのように、
流れるような美しい文章で惹きつけなきゃ」

そんな完璧主義の亡霊が、
僕たちの手足をきつく縛り付けているんです。
過去の僕も、まさにこの完璧主義の呪縛に、
がんじがらめにされていました。

ネットビジネスの教材を読み漁り、
知識を頭に詰め込めば詰め込むほど、
「正解」を書こうとしてしまう。
「こんな当たり前のことを書いても、
誰にも読まれないんじゃないか?」
「初心者の僕が語ったところで、
説得力なんてないよな」

そんな恐怖が先に立って、
喉の奥に言葉が詰まってしまうんですよね。
実はこれ、現在進行形の僕でも、
時々陥ってしまう罠なんです。

「AI」という相棒がいても、完璧を求めてしまう僕の現在地

最近の僕は「AI」を相棒にして、
いかに執筆を楽にするか、
どうすれば読者に届くかを日々研究しています。
でも、AIに指示を出すプロンプトを作るときすら、
ついつい完璧を求めてしまう自分に気づくことがあります。

「もっと賢い指示を出さなきゃ、いい記事にはならないぞ」
「もっと完璧な記事構成を作ってからじゃないと、
AIに任せられない」

そうやって、一人で勝手にハードルを上げてしまう。
結果として、AIツールの設定画面を開いたまま、
「どう指示を出せばいいんだ?」と、
またしても画面を睨み続けてしまうんです。

例えば、昨日も記事の構成案を作ろうとして、
1時間以上もプロンプトをこねくり回していました。
「いや、これだと読者の悩みに寄り添えていないな」
「もっと論理的な展開にしないと、説得力が出ない」

ツールの設定や記事の構成など、
目の前の課題に真剣に向き合えば向き合うほど、
「完璧な正解」を探してしまうんですよね。

でも、文章に「完璧な正解」なんてないんです。

それに気づけたとき、
僕の中で何かがスッと、
軽くなったような気がしました。
正解を探すから苦しくなる。
だったら、正解なんて最初から放棄してしまえばいいのではないでしょうか。

白紙の画面と2時間向き合って見つけた、「ゼロ」から抜け出すヒント

あの頃、2時間も白紙のエディタを睨み続けていた僕は、
一体何を考えていたのでしょうか。
「何も考えていなかった」のではなく、
「考えすぎてショートしていた」というのが、
正しいかもしれません。

「成功者のように振る舞わなきゃ」
「一歩先を行く専門家として、
読者を導くような立派なことを語らなきゃ」

そうやって、必死に背伸びをして、
自分を大きく見せようとしていたんです。
でも、幼少期から人見知りで、
特別な才能もない僕が、
急に立派な専門家になれるわけがありません。

等身大の自分と、理想の自分とのギャップに、
押しつぶされそうになっていました。
「僕には、誰かに何かを教える資格なんてないのかも」
そう思って、また深く落ち込んでしまう。

そんな負のループから抜け出すきっかけは、
本当に些細な出来事でした。

「書けない自分」をそのまま打ち込んでみた夜

ある日、どうしても記事が書けなくて、
「もう無理だ、今日は絶対に書けない」と、
素直に白旗を揚げた夜がありました。
そして、半ばヤケクソになって、
その「書けない」という事実を、
そのまま画面に打ち込んでみたんです。

「今日、パソコンの前に2時間座ったけど、
1文字も書けませんでした」
「立派なことを書こうとしすぎて、
何も思い浮かばないんですよね」
「高いお金を払って教材を買ったのに、
こんな自分に嫌気がさします」

そんな、誰の役にも立たないような、
ただの情けない愚痴の羅列。
でも、不思議なことに、
その「情けない自分」を書き出した瞬間、
ずっと止まっていた指が、
少しずつ動き始めたんです。

「なぜ、立派なことを書こうとしてしまうんだろう?」
「読者にどう思われるかが、
そんなに怖いのか?」

自分への問いかけが自然と生まれ、
それを言葉にしていくうちに、
少しずつ、ひとつの文章の形になっていきました。
それは決して、読者を啓蒙するような、
素晴らしいノウハウではありません。
ただの、凡人の苦悩の記録です。

「立派な正解」ではなく、「今の泥臭い自分」をそのまま出すこと。

それが、完璧主義を捨てて、
「0から1」を生み出すための、
僕にとっての最初のステップだったんです。

背伸びをしない、ありのままの自分。
その不格好さを受け入れたとき、
初めて「文章を書く」という行為が、
少しだけ楽しく感じられたのを覚えています。

泥臭い試行錯誤の末に行き着いた、不格好だけど前に進める文章の『型』

立派なことを書こうとするのをやめた僕は、
一つの「文章の型」を作ることにしました。
それは、「成功者の教え」を説くのではなく、
「今日起きた失敗や気づき」を、
そのまま読者に共有するための型です。

今でも僕は、AIを相棒に記事を書くとき、
この型をベースに構成を練っています。
この型があるからこそ、
書くことが思い浮かばずにフリーズすることが、
圧倒的に少なくなったんですよね。

その型とは、次のような4つのステップです。

ゼロから1を生み出す、4つのステップ

1. 今日、自分がつまずいたことや失敗を赤裸々に書く。
2. その時に感じた「情けない感情」や「心の声」を吐き出す。
3. そこから得た「小さな気づき」や、どう乗り越えようとしたかをまとめる。
4. 最後に、同じように悩む読者へ問いかける。

この型に当てはめると、
無理に自分を大きく見せる必要がありません。
なぜなら、主役は「成功談」ではなく、
「今日の失敗」だからです。

例えば、僕が今、日々向き合っている、
「Make」というAIの自動化ツールでのつまずきを、
この型に当てはめてみましょう。

「今日はMakeの設定で、APIの連携エラーばかり吐かれて、
本気で心が折れそうでした」
「『なんでこんなに難しいんだよ、
もう自動化なんてやめて手作業でやろうかな』って、
パソコンを投げ出したくなりました」

「でも、マニュアルをもう一度落ち着いて見直したら、
たった一つのチェックボックスを見落としていただけだったんですよね。
難しく考えすぎて、視野が狭くなっていたのは自分でした」
「あなたも、目の前の壁を高く見積もりすぎて、
立ち止まってしまうことはありませんか?」

いかがでしょうか?
こんなふうに、今の泥臭い試行錯誤を、
そのまま記事のネタにしてしまうんです。

決して洗練された、
美しい文章ではないかもしれません。
不格好で、泥臭くて、
時には「こんな初歩的なミスをしてるの?」と笑われてしまうような、
恥ずかしい失敗談ばかりです。

でも、だからこそ、読んでくれる人の心に、
少しだけ寄り添えるのではないかと思うんですよね。
「あ、この人も同じように悩んでるんだ」
「こんな失敗をしてもいいなら、
自分もやってみようかな」

そんなふうに、画面の向こうの誰かが、
ほんの少しでも前に進むきっかけになれば。
そう願いながら、今日も僕は、
AIと一緒に不格好な文章を紡いでいます。

完璧じゃなくていい。まずは「不格好な一歩」を一緒に踏み出しませんか?

「完璧なものを作らなきゃ」という思いは、
何かを生み出す人にとって、
時には必要なプライドなのかもしれません。
でも、そのプライドが高すぎて、
あなたから「行動」そのものを奪ってしまっているなら。

いっそのこと、そんなものは思い切って捨ててしまっても、
いいのではないでしょうか。
僕自身、今でも完璧からは程遠いところにいます。
AIに意気揚々とプロンプトを投げては、
全く見当違いな回答が返ってきて、頭を抱える毎日です。

「どうすればもっと、僕の意図を汲み取ってくれるんだろう?」
「どうすればもっと、読者の心に響く言葉選びができるんだろう?」
そんな終わりのない課題に、
今も泥臭く向き合っています。

失敗して、改善して、また失敗して。
その繰り返しです。
でも、2時間白紙を睨み続けて、
絶望していたあの頃と、確実に違うことが一つだけあります。

それは、「まずは外に出すこと(0→1)」の難しさと、
大切さを身をもって知っているということです。
100点の完璧な文章を、
頭の中で何日もこねくり回すより。

30点の不格好な文章でもいいから、
まずは世に出してみる。
「公開」ボタンを押してみる。
そこから得られるフィードバックや、
「とにかく一つ書けたぞ」という小さな成功体験が、
次の一歩を踏み出すための、何よりの燃料に変わっていくんです。

才能がないと落ち込む夜は、もう終わりにしませんか。

あなたに必要なのは、生まれ持った素晴らしい才能でも、
ウン十万円もする高額なノウハウでもありません。
ただ、今の自分の不格好さを許し、
ありのままを書き出す、ほんの少しの勇気。

そして、その思いを不格好な「型」に落とし込む、
小さな工夫だけだと思うんですよね。
今、この記事を読んでくれているあなたも、
きっと誰かに何かを伝えたくて、
もがいている途中ではないでしょうか。

パソコンを開いて、また手が止まってしまったら。
「今日はこんなことでつまずいたよ」と、
隣にいる友人にカフェで話しかけるように、
言葉を打ち込んでみてください。
立派な正解なんて、誰にも書けませんから。

僕も、AIという頼もしい相棒と一緒に、
これからも泥臭く試行錯誤を続けていきます。
一歩先を行く実践者として、
今日起きたリアルな失敗や小さな気づきを、
またここであなたに共有させてくださいね。

一緒に、不格好な一歩を、
踏み出していきましょう。
あなたなら、きっと大丈夫です。


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