「時短」と「効率」を叶える完璧な「型」を探し続けた結果、私は何一つ生み出せずに貴重な1年を無駄にしました。

マインド

パソコンのキーボードに両手を乗せたまま、
画面上でチカチカと点滅するカーソルを、
ただぼんやりと見つめ続ける。

「あぁ、今日もまた1文字も書けなかった……」

冷え切ったコーヒーを口に含みながら、
ため息をついてしまう夜が、
あなたにもあるのではないでしょうか。

「もっと効率よく書ける方法はないかな」
「誰か、絶対に失敗しない『正解の型』を教えてくれないかな」

記事を書こうとデスクに向かうたびに、
そんな思いが頭の中をぐるぐると巡って、
手がピタリと止まってしまう。

その苦しくてもどかしい気持ち、
僕には痛いほどよくわかるんですよね。

なぜなら僕自身が、
「時短」や「効率化」という甘い言葉に振り回され、
完璧な「型」を探し求めた結果……。

気づけば何一つ価値のあるものを生み出せないまま、
貴重な1年という時間を、
丸ごとドブに捨ててしまった経験があるからです。

「これさえあれば」という魔法を信じた日 / 僕がAIの効率化に溺れた理由

僕は昔から、
極度の人見知りな性格でした。

人と対面で話すのがどうしても苦手で、
「なんとかパソコン一つで、
誰にも会わずに生きていけないだろうか」

そんな逃げのような動機から、
ネットビジネスの世界に足を踏み入れたんです。

過去には、なけなしの貯金を切り崩して、
高額な情報商材やスクールに投資したこともありました。

そこで渡されたのは、
「この通りに書けば売れる」という、
分厚いマニュアルと文章のテンプレート。

でも、いざその「型」に沿って書こうとしても、
僕の中には読者に伝えたい情熱なんて、
これっぽっちもありませんでした。

結果どうなったかというと、
真っ白なWordPressの投稿画面を前にして、
2時間、ただただ画面を睨み続けるだけ。

「自分には、発信する価値なんて何もないんだ」

あの時、薄暗い部屋の中で感じた、
胸が押し潰されるような絶望感は、
今でもはっきりと覚えています。

だからこそ、
ChatGPTをはじめとする「AI」が登場したとき、
僕は飛び上がって喜んでしまったんです。

「これでやっと、
あの白紙を睨む苦しみから解放される!」

「AIに任せれば、
僕みたいに文章が書けない人間でも、
一瞬で完璧な記事が量産できるはずだ!」

そう信じて疑わなかったんですよね。

Makeの画面と睨み合う深夜 / 自動化の迷宮で僕が失っていたもの

それからの僕は、
憑かれたように「効率化」を追い求めました。

X(旧Twitter)やnoteを這いずり回り、
「プロンプトエンジニアリングの極意」だの、
「AIを使った完全自動化のロードマップ」だの、
そんな情報ばかりを漁る毎日。

そして、Make(旧Integromat)という自動化ツールに出会い、
僕の「型」への執着はピークに達しました。

Notionにキーワードを入れるだけで、
OpenAIのAPIが自動で記事を生成し、
WordPressに見出し付きで自動投稿される。

そんな「完璧な仕組み」を作ろうと、
寝る間も惜しんで設定に没頭したんです。

でも、現実はそんなに甘くありませんでした。

少し変数をいじっては、エラー。
JSONのフォーマットが崩れては、エラー。
APIの制限に引っかかっては、エラー。

毎日毎日、深夜までパソコンに張り付き、
赤く表示されるMakeのエラーログと睨み合う。

「ここをこう分岐させれば、もっと精度の高い記事になるはず」
「プロンプトの指示が足りないから、構成が甘いんだ」

そうやって、
来る日も来る日もツールと格闘し続けました。

気づけば、季節はいくつも巡り、
あっという間に1年という月日が流れていました。

そして、ついに完成した「究極の自動化フロー」。

震える手で実行ボタンを押し、
WordPressに自動で投稿された記事を読んだとき。

僕は、言いようのない虚無感に襲われたんです。

味がしないガムのような文章 / 完璧を求めた先に行き着いた残酷な結末

画面に並んでいたのは、
確かに日本語としては間違っていない、
論理的で、体裁の整った文章でした。

でも、何かが決定的に足りなかった。

「……これ、誰が読みたいと思うんだろう?」

無難な一般論が並べられ、
誰の心にも波風を立てない、平坦な言葉たち。

まるで、味がすっかり無くなったガムを、
延々と噛み続けているような感覚だったんですよね。

そこで僕は、ハッと気づきました。

「僕はまた、過去と同じ失敗を繰り返している」

高額なスクールで「売れる型」に逃げ込んで、
結局何も書けなかったあの頃と、
本質的には何も変わっていなかったんです。

AIに「完璧なプロンプト」を求め、
ツールで「完璧な自動化」を構築しようとしたのも、
結局は自分の頭で考えることから逃げていただけ。

「失敗するのが怖い」
「ダサい文章を書いて笑われたくない」

そんな見栄と完璧主義が、
「時短」や「効率」という耳障りのいい言葉に、
すり替わっていただけだったのではないでしょうか。

完璧な「型」なんて、この世には存在しない。

それに気づくまでに、
僕は1年という膨大な時間を無駄にしてしまいました。

泥臭くても「まず出す」ことの大切さ / 0→1の壁をどう越えるか

読者が本当に求めているのは、
機械が弾き出したような「無菌状態の正解」なんかじゃない。

悩んで、つまずいて、
泥臭くもがいている「一人の人間のリアルな体温」だと、
僕は思うんですよね。

その事実に直面してから、
僕はAIとの付き合い方を180度変えました。

記事の執筆を丸投げして、
自動で完成品を出してもらうことはやめました。

その代わり、AIを「優秀な壁打ち相手」、
つまり僕の「相棒」として横に座らせることにしたんです。

「今日、Makeの設定でこんな初歩的なミスをしてさ。3時間も悩んじゃったよ」
「この情けない失敗談を、どうやったら読者の励みに変えられるかな?」

そんなふうに、
今の自分のダメなところや、目の前にある課題を、
そのままAIにぶつけて相談する。

AIが提案してくれた構成の骨組みに、
僕自身の「冷や汗をかいた経験」や、
「思わずため息をついた感情」を、
手作業で一つ一つ、泥臭く書き加えていく。

効率なんて、全く良くないかもしれません。

それでも、
「どうすれば画面の向こうのあなたに届くだろうか」と、
ウンウン唸りながら言葉を紡ぐこの時間こそが、
本当の意味での「執筆」なのではないでしょうか。

今、僕たちが向き合うべき「目の前の課題」とは? / あなたと一緒に歩みたい

正直に言います。

僕は今でも、
スマートに稼いでいる成功者なんかではありません。

昨日も記事の構成がうまくまとまらなくて、
何度もAIとやり取りを繰り返しながら、
深夜までキーボードを叩いていました。

「この表現で、本当に伝わるのかな……」

投稿ボタンを押すときは、
今でもやっぱり手が震えます。

でも、不格好でもいいから、
「まずは世に出す(0→1を達成する)」こと。

完璧主義という重い鎧を脱ぎ捨てて、
今日起きた失敗や、そこから得た小さな気づきを、
飾らずに共有していくこと。

それこそが、
読者の心に響く唯一の道だと、
今の僕は確信しています。

もしあなたが今、
パソコンの画面を前にして、
「どう書けば正解なんだろう」と立ち止まっているなら。

どうか、その完璧な「型」を探す手を、
一度止めてみませんか。

そして、あなたが今日つまずいたこと、
上手くいかなくて悔しかったことを、
そのままの言葉で書き出してみてほしいんです。

あなたのその泥臭い試行錯誤の記録は、
きっと、かつての僕のように悩んでいる誰かの背中を、
そっと押してくれるはずだから。

僕もまだまだ、
AIと一緒に試行錯誤を続ける毎日です。

決して一歩先を行く「先生」としてではなく、
あなたのすぐ隣に座る「実践者」として。

これからも、
僕のリアルな失敗と学びを、
この場所で共有し続けていきたいと思っています。

焦らず、少しずつでいい。
一緒に、この泥臭い道のりを歩んでいきましょう。


【セハムからのお知らせ】

24時間365日、あなたの代わりに記事を書き続ける『AI広報部』。その構築のリアルな裏側や、僕が日々実践している最新のAI活用術を発信しています。

副業で結果が出ず悩んでいるなら、ぜひ僕の試行錯誤を覗きに来てください。DMでの相談も大歓迎です。一緒に壁を突破しましょう。

▼ セハムの発信をチェックする

→ X(旧Twitter)でAI活用のリアルを追う

→ Threadsでサクッと日常の気づきを読む

→ noteで深掘り記事・ノウハウを読む

→ ココナラでAIライティングの相談をする

コメント